もちやなこと

誰も傷付けない笑いなんてない。その刃をどこに向けるつもりだ?

M-1では「ツカミ」が早いほうがやっぱり有利なのか?【測ってみた】

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 M-1グランプリ2020年の2回戦の動画を見ていたら、あることに気がついた。

 「漫才のツカミを早めに入れてくるケースが多いな」

 たしか2017年のM-1で、審査員を務めた博多大吉が、優勝したとろサーモンに対し「笑いを早めに入れてきた」ことを評価していた(初出時、トレンディエンジェルと間違えていました。すみません)。漫才では、本題に入る前に、ある程度の“下準備”が必要になる。たとえば「結婚式のスピーチしたいねん」「ほな練習してみよか」みたいな状況説明も下準備に含まれる。

 ただ、この下準備が長ければながくなるほど、笑いを取るための時間も削られていく。M-1で許容されている時間はわずか4分間。2回戦では3分間、1回戦に至っては2分間しかない。限られた時間でウケを取るために、ツカミで早めに笑いを確保しにいくのは常套手段といえるだろう。

 そこで今回は、M-1 2回戦における、漫才開始から「ツカミの笑い」を取りに行くまでの時間を測り、上位進出者と「ツカミ」までの時間の相関関係を探ってみたい。

※本稿では、すべて2回戦で公開されている動画を元に計算しています。準々決勝・準決勝のネタは参考にしていません。
※計測の対象となるのは、「舞台に姿を表してから、最初のボケ、またはツッコミが完了するまで」の時間です。
※舞台登場時に、衣装などでボケている場合、ツカミは「0秒」とカウントしています
※ツカミの笑いをどうやって評価するのかは難しいところですが、今回は「演者が狙って笑いを取りにいったと判断される発言orジェスチャー」と定義しました。そのため、たとえ笑いが起こったとしても、ツカミとは判断しなかったケースも、まったく笑いが起きなかったものの、ツカミを取りに行ったと判断したケースも存在します。
※要は、筆者が勝手に「これはツカミだ」「これはツカミじゃない」と勝手に判断したデータである点を、はじめにご理解いただきたいです。別の人が測定したら、絶対違う結果になります。広い心を持って読んで下さい。こんな記事に怒っている暇があったら、その怒りを政治に向けましょう!


■2回戦通過組/敗退組の間には、約3分も差があった!

 2回戦に出場した全593グループの全ネタのツカミまでの時間を計測したところ、平均で「23.28秒」だった。およそ15秒のテレビCMを1本半見ている計算になる。

 2回戦では、115組が準々決勝に進出し、残りの478組が敗退した。このうち、準々決勝進出者に限ったツカミまでの時間は「21.2秒」。一方で、2回戦敗退組に限ると「23.78秒」となる。準々決勝に進出者した組の方が、敗退した組と比べて2.58秒早い。通過組と敗退組の間に、なんと約3秒もの差がついているのだ。

 さらに、準々決勝から準決勝に進出した組は「20.2秒」、準々決勝で敗退した組に限ると「21.4秒」で、これまた次のステージに進出した組の方が、わずかではあるがツカミまでの時間が早い。「ツカミが早い」は、M-1で勝ち抜くためにはやはり有利なようだ(※ラランドは準決敗退組としてカウント。繰り返しになりますが、秒数は準々決勝のものではなく2回戦のものです)

 

■ツカミは早すぎず、遅すぎずが理想

 ただし、準決勝→決勝に限ると、勝手が違ってくる。決勝に進出した組は、2回戦ではツカミまで平均「20.8秒」を掛けていたのに対し、準決勝敗退組は「19.8秒」。ほんの少し敗退組の方が早くなっている。

 これには理由がある。準決勝に進出した組は、ツカミまでの秒数が極端に長くなることがなく、かといってツカミを取り急ぐこともなく、コンパクトに収まっているからだ。

 2回戦全体では、ツカミまでの時間は最短の組で0秒、最長の組で2分15秒だった。しかし、のちに準々決勝に進出した組ともなると「5秒~1分49秒」と狭まり、さらに準決勝に進出した組は「6秒~47秒」、決勝進出組だと「6秒~39秒」と、決勝に近づくにつれ、レンジは狭まってくる。この結果から見ると、開始から約6~30秒くらいにツカミ笑いを取りに行くのが理想のように思える。

 ツカミまで時間を掛けすぎると、今度は準決勝への進出も難しくなる。実は準々決勝進出者の中でも、2回戦でツカミに1分以上も掛けていた組はけっこういた。たとえば、毎年変則的なネタを仕掛けてくることでおなじみのダイヤモンドは、ツカミまで1分49秒も掛けていたし、スローテンポで知られるスリムクラブも、ツカミまで1分15秒も掛けている(両組ともツカミまでの長さをボケとして利用しており、そのことを読み取った観客によるクスクス笑いが起きている)。

 しかし、両組とも準決勝進出はならなかった。決勝がTVで生放送されることを考えると、1分以上も前フリを続けるのは、視聴者にチャンネルを変える暇を与えてしまうことになり、運営側がおそらく好まないだろう。よほどネタ後半で巻き返せるネタを準々決勝・準決勝で見せない限り、ツカミが長尺のネタが決勝の扉を開けるのは難しいのではと思われる(だから、2度も決勝に進んだスリムクラブはすごい!)。


■決勝進出者の中で、最もツカミが早い/遅いのは?

 決勝進出を決めた9組に限り、2回戦におけるツカミまでの時間を見てみると、錦鯉、マヂカルラブリー東京ホテイソンウエストランドは10秒以内にツカミをキメている。特に錦鯉とマヂカルラブリーは、ネタのスタート時に必ずお決まりの挨拶ボケを入れる構成がおなじみとなっており、スベることもウケすぎることもなく、絶好のスタートが切れるだろう。

 逆にオズワルド、見取り図、アキナ、ニューヨークは、いずれも早めにウケを取りにいかず、漫才の設定を丁寧に説明することを優先するタイプである。スロースタートではあるが、序盤の状況説明にフリを仕込んでおけば、後半に伏線を回収するボケも可能になる。丁寧な前フリは、ラストの盛り上がりのための布石なのだ。

 歌ネタのおいでやすこがは、歌唱時間の影響でツカミまでの時間が長くなるのではと思っていたが、歌の序盤でボケるネタだったこともあり、9組の中ではちょうど真ん中だった。

【決勝進出組が、2回戦でツカミまでに掛けていた時間】

06秒…錦鯉
07秒…マヂカルラブリー
08秒…東京ホテイソン
10秒…ウエストランド
23秒…おいでやすこが
24秒…オズワルド
33秒…見取り図
38秒…アキナ
39秒…ニューヨーク

 冒頭でも触れた通り、M-1では漫才の時間はわずか4分間しかない。だからこそ、その時間配分に各組の嗜好や考え方が如実にあらわれるのだ。

 

■一番ツカミが早かった/遅かった組は?

 最後に、2回戦にて特に早かったツカミ、長かったツカミを披露した組を紹介しよう。


○準々決勝進出組で、特にツカミまでの時間が短かった組

5秒…ヤーレンズ:楢原が舞台下手に歩き、中央の出井に向かって「バカ、こっちだよ!」
5秒…コマンダンテ:安田「ピーッ」、石井「えーっと、放送禁止みたいでね…」
5秒…令和喜多みな実:野村「すまん、マッチングアプリ始めた」
6秒…錦鯉:長谷川「こーんにーちわー!」、渡辺「うるせえよ」
6秒…さや香:新山「お腹すいたからお寿司たべたいわー」
6秒…ミキ:昴生「ちょっと早めですけどね、メリークリスマス」
7秒…ブリキカラス:小林「数々の冤罪に巻き込まれながら来ました」
7秒…三四郎:相田「第7世代が続きますよ」
7秒…マヂカルラブリー:野田「大トリにふさわしい男です」
7秒…ゆにばーす:はら「誰があいなぷぅだよ!」、川瀬「出てへんねん!」


●2回戦敗退組で、特にツカミまでの時間が短かった組(0秒は除く)

2秒…天地コンソメトルネード(10/28 京都)
A16「(マイクに向かって)おかあさーん!」

3秒…ものいい(11/3 東京)
吉田「どーもー、ものいいでした」


◇準々決勝進出組で、特にツカミまでの時間が長かった組

1分49秒…ダイヤモンド
1分15秒…スリムクラブ
1分02秒…スナフキン
58秒…インポッシブル
53秒…いなかのくるま


◆2回戦敗退組で、特にツカミまでの時間が長かった組

2分15秒…赤鬼合衆国(10/29 大阪)
1分49秒…ヤマトタケル(10/29 大阪)
1分28秒…シノブ(10/31 東京)
1分18秒…紅点(10/31 東京)
1分17秒…スペースランド流星群(11/3 東京)

 

 2回戦敗退組は、早めにツカミを入れても、見事にスベってしまうケースが見られた。早めに笑いが取れれば最高ではあるが、スベってしまえば、冒頭から大きなブレーキが掛かってしまうことになる。

 もちろん、ツカミに成功したものの、その後の本ネタでスベった組もたくさんある。ツカミ云々よりも、まずはネタに集中し、余裕があればツカミを付け加えるくらいで扱うのが良いだろう。


本日の結論:文春のコラムにもなってたけど、エル・カブキのツカミ「誰も傷付けない笑いなんてあるか~!」は最高です